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男女公論

2010/11/11 UPDATE #004

坂本龍一×湯山玲子 男女公論

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第十四章
「日本のイタリア化はレオンオヤジだけではない」

湯山:J-POPや今の日本映画が最たるものですけど、日本って「泣き」(※1)が好きですよね。若い世代はとにかく、よう泣きはるのよ(笑)。

坂本:そうだねえ。でもそれって、お母さんの愛情があるのが前提だから泣くわけで。だけど、例えばLAとかテキサスとか、ああいうピューって空っ風が吹きすさぶようなところではさ、そういうのあんまり無いよね。その「お母ちゃん文化」(※2)っていうのは、日本とイタリアが強いよね。まあ、韓国もそうかもしれない。これは強い。

湯山:男は自立独立のため一種の「母殺し」(※3)のようなものを思春期や大人になるときに、心の中でするものなのに、それをしなくなっているのかもしれないなあ。

坂本:ツアーでイタリアにいたころ(※4)、イタリアに関する本を読んでいたんだけど、昔はカトリックの影響が強かったからなかなか離婚ができなかったんだけど、最近はだんだん緩くなって別れる人も多くなってきたんだって。つまり、40歳代、50歳代で離婚するオトコが増えてきていると。で、離婚したらどうするかっていうと、実家に帰ってお母さんとふたりで住んでるんですって。ま、女性の方が長生き(※5)だし。で、お母ちゃんが全部やってくれるんだ、と。

湯山:日本でも、そういうオジさんたちを何人か知っているぞ。

坂本:さらに18歳になっても親の家から出て行かない子供たち(※6)って主流になっているじゃない? 日本社会もそうなりつつあるわけで、要は日本が「イタリア化」してるんだよね(笑)。

湯山:恋愛好きの「レオンオヤジ」(※7)の一方で、母離れできないというイタリア化のトロイカ体制。

坂本:最初に引きこもった世代って、もう40歳代後半なわけでしょ。未だにこもっていて、親は70歳代で「○○ちゃん」とか言ってご飯を運んでくるんだけど、そのうち親が死ぬじゃない。で、年金も無くなっちゃうし、どうするの?って話で。今後ものすごい勢いでそういうケースが増えるわけでしょ、日本は。

湯山:その人たちは荒れ狂うのかな?

坂本:荒れ狂うのか、公園にいきなり出て行くのか。わからない。めちゃくちゃ犯罪の多い国になってしまうのか。

湯山:というか、今から本気で行政は彼らの自立ヘルプのセンターや施設を考えておいた方がいい。オトナなはずの彼らのエネルギーを負のスパイラルに行かせないためにも。

坂本:ずーっとお母ちゃんのもとで引きこもっていたヤツが、庇護がポーンとなくなっちゃってどうしたらいいかわからないときに、わーっとなってバンバンと無差別に撃つとか、そういうのが今後多くなるのかな。

湯山:日本人は密な人間関係の中で空気を読んだりすることが発達する一方で、人間関係のあり方自体にあまり意識を払わないよね。会社は社員を守るものだ、とか、夫婦だからあたりまえ、とかで今までやってきたから。でも今はそれじゃ難しくなっていて、意識的に人間関係を作らなければならない時代なんですよね? 人間関係はセーフティーネット(※8)でもあるから、日頃からその意識を持たなきゃならない。

坂本:日本は超過保護だと思いますよ。年越しの「派遣村」(※9)ってあったでしょ。そこで世話になっている人たちがインタビューを受けているんだけど、みんなとにかくものすごくいい格好をしている。スニーカーにダウンジャケット着て。貧しい国にはそんな人いない。それで何を答えるのかなと思って観ていたら、「東京都がやってくれるのは嬉しいんだけど、2週間で出なきゃいけなくて、その後どうなるかわからない。その後何をしてもらえるかわからないから不安なんですよね」とか言っている。失業率が何パーセントとか言っているけど、誰もストリートで寝て凍死とかしていないじゃん。そんな国が貧しい国なわけない。この国は本当に過保護だと思う。あり得ない。わからないんですよね、なんでこんな風になっちゃったのか。

湯山:年末にロス行ってきて、久々に感じたんだけど、アメリカ人とかは人間関係にエネルギー、使ってますねぇ。すごく愛想がいいじゃないですか。向こうから「ハーイ!」って自己紹介はじめて、「大学の同級生に日本人の留学生がいて、そいつは頭がよかったぜー」っていきなり話しかけてきたり。

坂本:とても社交的というか、過剰なまでの愛想のよさというか。

湯山:もともと他人とわかりあえないという前提で、まず「敵じゃないですよ」というコミュニケーションのジャブを行ってくる。

坂本:たしかにそうだよね。一種の銃の代わりなんだと思う、発展した銃というか。あのピカピカした歯と笑顔は、実は銃なんですよ。アメリカの西部とか南部の方は、知らないヤツは撃っちゃうっていう文化がまだあるけど、さすがにそれは出来ないんで、「ハーイ」ってニコニコしてバーっと話しかける。あれはそういうことだよね。すごい精神的な病理(※10)から来てるものなんだろうけど。それはいつも僕もそう思って接しているよ。

湯山:そうやって「他人」を確認する。でもさ、それくらいの距離を会話で作っていく関係ってさ、今となっては悪くない、と思うんですよ。日本に帰ってくると、みんな仏頂面で何考えているかわからない、っていう苛立ちが逆にあったりする。もう、昔のような黙っていてもわかりあえる古き良き人間関係の前提とかは、無いのにかかわらず。

坂本:全く正反対、陰と陽のように違うよね。要するに、自分はこうしたいとか、自分はこう思うということを、論理的に人に伝えられないっていう日本人の致命的な欠陥。ひとはわかってくれるはずだ、っと思ってる。でもそんな国はね、そんな人たちは、世界で珍しいよ。

湯山:それで、こいつは違う、と思った瞬間にすぐにキレるからさ。

坂本:日本のテレビを見ていて、若者の日本語がヒドいっていうけど、僕が思うのは中高年の日本語がヒドい。もうね、文法も何もないんだよね。文章を為してない。例をあげればきりがないけど、「すごい竜巻だった」を「すごく竜巻だった」とか。メチャクチャなんだよね。結構いい歳した老人たちがそうだもの。

湯山:私は「ひとり寿司」(※11)実践者なんですけど、アレはそういった意味のスパルタ自主練。そんぐらいやって、「お呼びでナイ」という、ひりひりした孤独感覚を身銭を切って体験してですね、コミュニケーション力を鍛えているわけです(笑)。みんなの顔と素性がわかり切っている狭いコミュニティの中で、コミュニケーションではなくて「空気」しか流れていないってのが問題なんだよね。

次章へ続く・・・

(※1)ここ数年流行しているムーヴメント。「泣き歌」「泣ける映画」「泣ける本」など、感動したり切なくなって泣きたい男女が増えている。代表的なヒット作として映画『余命1ヶ月の花嫁』と、その主題歌「明日がくるなら」JUJU with JAY'EDなどが挙げられる。

(※2)各国に母親に甘えるいわゆる「マザコン」文化はあるものの、それぞれに事情が異なるため、下に列記する。


■日本
男性の場合「母親離れしていない」「自己決断力に欠ける」息子、という図式で捉えられマイナスイメージを伴い、「マザコン」は侮蔑用語として用いられる事が多い。ところが、コレが女性になると「友達親子」として好感度が上がるという不思議な構図ができあがる。
■イタリア
伝統的に一族や家族の絆を重視する価値観が強く、成人してなおマザコンを隠さない人(マンモーネ(mammone)と呼ばれる)は「母親思い」で「家族を大切にしている」と肯定的に見られる傾向がある。3潤E40代の実家に住み続ける比較的高所得のホワイトカラーをさすマモーニという言葉もあるが、本人や周囲も特に問題と考えていないのが現状である。
■韓国
韓国人男性にはマザコンが多いと言われる。大人になった息子が母を抱きしめたり、「オンマ、サランヘ」(お母さん、愛してる)と人前で言ったりと、情熱的な愛情表現をすることにも抵抗がない。大きくなっても母にべったりの息子をさす「ママボーイ」という言葉があり、マザコンが離婚の原因になるなどと言われることがあるが、一般に男性のマザコンは当然視されている部分がある。

(※3)「親殺し」とは、深層心理学で使われる言葉のひとつ。自立を前にした子どもの心の中で行われ、これを経て親の管理下を離れ社会に出て行くとされる。

(※4)2009年に行われた「坂本龍一ピアノ・ツアー 2009 ヨーロッパツアー」にて、11~12月にかけてイタリアに滞在した。
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(※5)国際連合の世界の人口推計2008年版による2005-2010年の平均寿命のデータを見ると、日本人の平均寿命は男性79.0歳に対し、女性は86.2歳と圧倒的に女性の方が長生きである。
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(※6)総務省2009年度のデータによると、親と同居している20~34歳の若年未婚者の割合は男性48.6%、女性46.6%。ちなみに35~44歳の壮年未婚者の同居率は男性19.1%、女性11.4%とここ数年で右肩上がりになっている。
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(※7)岸田一郎を編集長に、2001年9月24日に創刊。高級かつ高額なブランド品を紹介し、バブル景気時代に青春を過ごした、可処分所得の多い中年男性(いわゆる「オヤジ」)層に購買ターゲットを絞った男性誌。2005年の新語・流行語大賞トップテンに選ばれるなど社会現象になった「ちょい不良(ワル)オヤジ」の在り方を読者に提供し続けている。ちなみにタイトルはリュック・ベッソン監督の映画『レオン』から。
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(※8)サーカスなどで落下防止のために張る網(安全網)が転じて、網の目のように救済策を張ることで、全体に対して安全や安心を提供するための仕組みのこと。最近では、生活や雇用など社会保障の一種などを指す言葉としても使われる。
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(※9)派遣切りをはじめとした様々な事情により生活が困難となりホームレスへと転落した人々を救済することを目的として一時的に設営する避難所、炊き出し、相談会のこと。レクリエーションタイムを利用して就職相談会などが行われる。2008年12月31日から2009年1月5日までの間に日比谷公園に開設された年越し派遣村に大勢の困窮者が集まり、その様相が多くのメディアに大々的に取り上げられたことにより、全国に貧困層の現状とともに派遣村という名称が広まった。
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(※10)病気の原因・過程に関する理論的な根拠のこと。

(※11)男が幅を利かせる有名高級寿司店に女ひとりで突撃し、主人の品格から常連客の態度、男と女の関係に至るまでディープに観察&考察した湯山さんの著書『女ひとり寿司』(幻冬舎)に詳しい。
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PROFILE

湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。近著に『四十路越え』(ワニブックス)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。

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