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男女公論

2010/11/11 UPDATE #004

坂本龍一×湯山玲子 男女公論

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第十二章
「草食男子は実は欲望の最先端なのかも」

湯山:この対談は、坂本さんと「おいしいもの」を求めて、食べ歩きつつ語っているわけですが、本当に世の中にはいろいろな"味"があるものだと。

坂本:これだけ長い人生のなかでこれだけ食べ歩いても、まだ刺激があるっていうのがすごいね。湯山さんに連れて行ってもらった寿司の「あら輝」(※1)とか

湯山:寿司って、構成要素は酢メシと魚だけなんですよ。それで、あの世界が立ち現れてくるんだからとんでもない料理法です。ある意味、今話題のガラパゴス的進化(※2)の良い方とも言える(笑)。味覚の微小な差に敏感に反応する舌を求められる訳だから。

坂本:アメリカでは「肉も魚も骨の近くが美味い」なんて話しはあまり聞かないな。部位より量で食ってる感じ。

湯山:街場の焼き肉屋でも、牛の部位のイラストなんかが張ってあって、みんな肉の部位マニアですよ。でも、肉に関しての食文化は、フランスかな。ロニョン(※3)っていう腎臓料理があって、そのローストはレアこそが旨い。ほんのりアンモニア臭が感じられる中、崖っぷちぎりぎりの感じで旨さの方に転がす、というシェフの腕試しでもあるんですけどね。あとはチーズかな。

坂本:チーズは、快楽だよね。ワインとチーズの快楽。

湯山:ああ、ほんとに。

坂本:フランスやイタリアってカトリックだったから、僧侶は異性との交渉がNGなわけで、その代わりの快楽のために長い年月をかけてチーズとワインを作ったんじゃないか、ってぼくは勝手に思っているんですよ。

湯山:完全にこの食品を超えた味覚の追求は、性的な快感の代替え。確かに込められているわねぇ、その情念が(笑)。

坂本:大体美味いものはお坊さんが作るよね。やはり快楽が禁止されるからだろうな。

湯山:そうですね。お坊さんが作る精進料理も、有名な月心寺の村瀬明道尼(※4)のゴマ豆腐はとんでもなく官能的で美味しいらしいし。そういう意味では、日本の草食男子(※5)化は期待できるところもありますね。リビドーを徹底的に蓄えてる感じで。

坂本:そうそう。案外小出しにしない方がいいのかも知れないね(笑)。適当なところで満足しちゃいけなくて、むしろ我慢してたほうが良いものができるかもしれない。だからこの草食の時代が崩壊する時には、クリエイティブなものがものすごい勢いで来るのかもしれない(笑)。

湯山:すでに今のアニメやゲームがそれだもの。禁欲&草食、悪くないかもしれない。これだけ世の中に欲望がダダ漏れしている中で、パワーを自ら蓄える一つの方法かも。

坂本:食も性も「肉食」って本来はナチュラルなものなんだけどね。日本も少し前まではそういう社会だったわけだし。女性にしたって、例えば宇野千代(※6)さんが最近98歳で亡くなられましたけど、彼女の話もすごい。昔の文豪の話を彼女に聞くっていう企画で、顔写真を大正時代までずっと遡って見ながら、「この人とは関係があった。この人も。この彼はなかったわ」って言うんだって(笑)。

湯山:わははは! その続きも聞いてみたい。この人は口だけ達者でアチラの実力は全然ダメ、とか。

坂本:宇野先生が言うには、「文士は色男じゃなきゃダメよ」って。結局見かけなんじゃん!ってツッコミたくなるけど、でもやっぱりハンサムなオトコは才能がある、と。そう言っていたらしいよ。

湯山:宇野先生は恋愛遍歴ハッピーサイドな女の艶福家だけど、そうじゃない方の人もいて、北原白秋(※7)の二度目の奥さんで詩人の江口章子(※8)駆け落ち有り、坊主との恋愛有りで最後は非業の死をとげるんですよ。この女性としての波瀾万丈さって、今の世の中では、あまり考えられない恋愛中毒な感じ。当時はさぞかし大変だったろうな、と思うんですけれど、実は逆で、当時の社会の方がのりしろや余裕があって、「世間は広いから、こんな女もいるだろう」って行き場があったような気がする。

坂本:森光子さんがやってる「放浪記」(※9)もそいういう話だよね。貧乏どん底のところにお金持ちが来て、金を工面するからオレの女になれ、くらいの感じでさ。部族社会は今でも結構そうだよね。親が決めたことに反対する方が悪い、みたいな。そういうのがあるから、「貫一・お宮」(※10)とかそういう話が成り立つんですよ。そんな社会だったんだよね、日本も。世界的にはキリスト教によってだいぶ変わっちゃいましたけどね。

湯山:ちょっと前までは、「金の力で嫌がる女性をモノにする」マッチョ男はいたような気がしたんだけど、しかし今は、男はそんな金があったら、高利回りの投資信託に出すか、ワインや鉄道やアニメにお金をつっ込む(笑)。

坂本:今の日本の若い男の子とかは「メトロセクシャル(※11)」とか言われてるんでしょ? 外国人からみたらみんなメトロに見えるらしいよ、日本の若い男子は。

湯山:外国人に言わせると、全員、ゲイに見えるって話もあります。

坂本:メトロの捉え方に近いですね。

湯山:もともと、体型もマッチョじゃなくて華奢だし、お肌もスベスベ(笑)。

坂本:今の男の子は、みんなオシャレしてるでしょ?

湯山:いや、それはもう。ファッション関係のパーティとかに行くと、女の子は割とフツーの格好なんだけど、男の子がすごい。デブもいればチビもいるし、不細工もいるんだけど、そのひとりひとりがその個性に合ったスタイルを見事なまでに打ち出している。しかも、その方向が確実にモテではなくなっていると思う。そのかわりに彼ら、男同士の仲間内の賞賛を求めてるんだよね。オトコの人ってオトコに褒められることで、アイデンティティ強固にする回復するところがあるじゃない。

坂本:だって、怖くて女の子と話しが出来ないんでしょ?

湯山:昔は怖くとも、おのれの性欲の力を借りて、そのあたりを突破したけれど、それも期待できない。インターネットでもの凄く可愛い娘がもの凄い事をやっているAVが観放題だから、そっちで性欲は使い果たしている。『ラブプラス(※12)』っていう恋愛ゲームがヒットしたみたいで、それは恋愛シミュレーションなの。画面の女の子とニコニコ動画(※13)で結婚式とかしてもおかしくはない(笑)。

坂本:観念的だなあ。

湯山:誰かが「日本は資本主義の最大の実験室」って言ってたけど、もう、誰に頼まれなくても実験は進んでますよ(笑)。資本主義は「皆さんの不便なところを解決」してきたけれど、不便やめんどうくさいことを先人たちがひとつひとつ解決してくれた、その実験結果のひとつが今の状況です。オトコの人は女の人と恋愛どころか、セックスもしたくなくなっている、という。

坂本:昔ローマもそうだったみたいだよね。ギリシャもアテネも、人口の半分くらいがゲイだったらしいから。

湯山:放っておくとそうなっちゃう(笑)。

坂本:美しい男の子を愛するのが文明人の証みたいな。それも遺伝子の中に入っているのかなあ?

湯山:もはや、自爆する遺伝子、って感じもするけど、どうなんすかね?

次章へ続く・・・

(※1)多くのグルメ雑誌に「日本一予約の取れない寿司店」「もっとも行ってみたい店」などとして取り上げられる銀座の寿司店。主人・荒木水都弘氏の握る、まっとうな江戸前寿司が多くの食通の舌を悦ばせている。
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(※2)生物の世界でいうガラパゴス諸島における現象のように、技術やサービスなどが日本市場で独自の進化を遂げて世界標準から掛け離れてしまう現象のこと。技術的には世界の最先端を行きながら、国外では全く普及していない日本の携帯電話の特異性を表現する為に作られた新語。
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(※3)代表的なフランス家庭料理のひとつ。牛の腎臓を野菜や茸類とグリルかソテーしていただく。半生でも供されるが、腎臓が不純物を濾過する臓器であることから独特の臭みが醸し出される事が多く、ソースや濃厚なワインと共に食すのが一般的。

(※4)滋賀県大津市にある月心寺(げっしんじ)住職。39歳の時に交通事故に遭って以来、右半身の自由を失うが、彼女が心を込めて作り上げる精進料理は「吉兆」創業者・湯木貞一が「天下一」と絶賛したという。
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(※5)2008年頃よりメディアで取り上げられはじめた用語。心優しく、男らしさに縛られておらず、恋愛にガツガツせず、傷ついたり傷つけたりすることが苦手な男子を指す。
詳細は、第九章参照。
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(※6)文筆家、編集者、着物デザイナーなど多くの顔を持つ。尾崎士郎東郷青児北原武夫など多くの有名芸術家との奔放な恋愛遍歴で知られるが、その経験を生かし女性向けの幸福論エッセイを数多く執筆。「陰気は悪徳、陽気は美徳」「恋愛はスピードが大切なのよ」などの名言で多くの人に生きる元気を与えた。
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(※7)生涯に数多くの詩歌を残し、今なお歌い継がれる「からたちの花」「この道」「ペチカ」(すべて「にほんのうた」シリーズに収録!)などの童謡を数多く発表した近代日本を代表する詩人。
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(※8)「恋のない世になにがあるでせう」と書いた情熱の女流詩人。女学生時代に最初の結婚をするがほどなく離婚。平塚雷鳥を頼って上京したところで、北原白秋と知り合う。白秋が貧窮とスランプから脱出し、成功へと足を踏み出せた影には彼女の影響が大きかったとされる。

(※9)作家の林芙美子が自らの日記をもとに放浪生活の体験を書き綴った自伝的小説。「でんぐり返し」がある森光子の舞台作品としても有名。第一次大戦後の東京で、飢えと絶望に苦しみながらも明るくしたたかに生き抜く女性が主人公。
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(※10)尾崎紅葉の小説『金色夜叉』の登場人物。ふたりは将来を約束していたが、結婚を目前にしてお宮は富豪の男の元に嫁いでしまう。追いかけて許しを乞うお宮を貫一が蹴り飛ばす熱海のシーンは有名。ちなみに、作者が逝去したため未完である。
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(※11)1990年代にアメリカで生まれた言葉。都会に住み、ファッションやスキンケアなどに熱心に取り組む、洗練された男性を意味する。もとは美意識の高いゲイ・ピープルに多く見られたスタイルだったが、今世紀に入ってからは、いわゆるストレートの男性が取り入れるようになった。
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(※12))2009年に発売されたニンテンドーDS向け恋愛シミュレーションゲーム。それまでのゲームが恋愛成就が目的であったのに対し、『ラブプラス』では恋人になってからがゲームの中心であることが特徴。現実世界にリンクしてゲームの中でも時間が流れる、DSのタッチパネルを使ってスキンシップできるなどして、リアルな恋愛生活が体感できると大ヒット。入れ込みすぎて「彼女」と現実の結婚式を挙げる者が現れるなど、一種の社会現象となった。
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(※13)ニワンゴが提供している動画配信関連サービス。愛称は「ニコ動」「ニコニコ」など。ユーザーは動画をアップロードしたり視聴するだけでなく、動画へ直接コメントを投稿するなどしてお互いにコミュニケーションを取ることができる。
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PROFILE

湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。近著に『四十路越え』(ワニブックス)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。

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