10 Favorites – Ryuichi Sakamoto
私が好きな坂本龍一10選

坂本龍一さんの「古稀」に寄せて

鈴木正文

万歳! そして、あなたの後をついてゆく

2009年、57歳のときの坂本さんはいった。

「さて自分の人生――手垢のついた言葉で、あまり使いたくないが、他の適切な言葉も見つからない――をこうやって振り返ってみると、つくづく僕という人間は革命家でもないし、世界を変えたわけでもなく、音楽史を書き変えるような作品を残したわけでもない、要するにとるにたりない者だということが分かる」

 この年に新潮社から出版された『音楽は自由にする』という著書の「あとがき」での述懐である。ちなみに、この本の表紙にかかった帯には、「初めての本格的自伝」という惹句がある。

 けれど、その言にもかかわらず、坂本さんはこのときすでに、音楽文化革命の旗手であったし、世界の変革者であったし、音楽史にあらたな1ページを書き加えた者であった。

 いっぽう、おなじ本の裏表紙側の帯には、「子どものころ、『将来何かになる』ということが、とても不思議に思えた」という文句が印刷されている。本の冒頭、「はじめに」のなかから部分的に抜き出したもので、もとになったのは、「現在ぼくは、音楽を職業としています。でも、どうしてそうなったのか、自分でもよくわからない。音楽家になろうと思ってなったわけではないし、そもそも、ぼくは子どものころから、何かになるとか、何かになろうとするとか、そういうことをとても不思議に感じていました」という告白である。小学校時代、「将来何になりたいですか。みなさん書いてください」と教師にいわれたとき、坂本さんは、ほかの子どもたちのように「総理大臣」とか「お医者さん」とか書けずに、たんに「ない」と書いたという。にもかかわらず「音楽家になった」。それは、「ひとえにぼくが与えられた環境のおかげ」である、とおなじ本の「あとがき」で述べている。「何かになる」つもりのなかった坂本さんが、中学2年のときにドビュッシーに出あって革命的な音楽家になったことは、僕たちの時代の幸運であった。

 革命的な音楽家、と僕は書いた。『音楽は自由にする』のなかで、東京藝術大学への進学前夜の高校時代のみずからを振り返って、「従来の音楽でブロックされた耳を解放しなければいけない、そんなことをぼくは考えていました」と述べているとおりに、その後の坂本さんの音楽的な歩みは、「耳」と「音楽」のより大きな自由を求めて、未踏の道を切りひらいていくものだったからだ。音楽とおもわれていなかった音源を、ノイズを、音楽として聴き分け、音楽をつくる、というのは、人間の人間にたいする差別や抑圧としてのオリエンタリズム、レイシズム、セクシズム、コロニアリズムなどなどを克服して人間を解放する行為に相似している、と僕はおもう。

 2009年にリリースされた『out of noise』というソロ・アルバムの成り立ちに触れて、坂本さんは、「一神教的なもの、つまり始まりがあって終わりがあるもの、歴史には目的があるというような発想、そういう人間が考え出したものから、できるだけ遠ざかりたい。そんな気持ちがどんどん強くなっている」と、そのときの心境を述べている。「人間が考え出したもの」としての一神教的な・目的のある・音楽、からの自由を求める革命的視点を、鮮明に打ち出している。

 蛇足と知りつつあえて付け加えるならば、歴史に、そして音楽に、目的がないように、人間にもまた目的はない。ただ、より自由に生きることのほかに生きる目的は存在しない。

『音楽は自由にする』が上梓されてから、はや13年が過ぎ、そのかん、坂本さんはがんの手術を複数回受けて、そうしていま、「古稀」をむかえた。
 万歳! 70歳の坂本龍一さん。
 行く手になにが待ち受けているか、僕たちは知らない。ならばなおさら、いまだ音楽化されない音を求め、いまだ人間化されない人間を求めて、歩みたいとおもう。ひと足さきに「古稀」をサヴァイヴした72歳の僕ではあるけれど、あなたの後をついてゆく。

鈴木正文
編集者/ジャーナリスト

1949年東京生まれ。慶應義塾大学文学部中退。
海運造船の英字紙記者を経て、自動車雑誌『NAVI』(二玄社)の編集に携わる。
1989年、同誌編集長。政治・社会・文化的な観点に立った独自の編集方針を貫く。
2000年、『ENGINE』(新潮社)創刊。2011年まで同誌編集長。
2012年から2021年まで『GQ JAPAN』編集長。
著書に『◯✕(まるくす)』(二玄社 1995年)、『走れ! ヨコグルマ』(小学館文庫 1998年)、 『スズキさんの生活と意見』(新潮社 2012年)
などがある。

NEWS

私が好きな坂本龍一10選

2022年1月に生誕70年を迎える音楽家、坂本龍一。
数多くの作品は、世代を超えて大きな影響を与えている。

坂本龍一の音楽を愛する人々が選曲する「〜私が好きな坂本龍一10選〜」。
独自の視点から選ばれた作品群。

それは新発見となり、新たな坂本龍一の音楽の旅へ誘う。
(全23回を予定)

第9回
中里唯馬
ファッションデザイナー
第8回
細野晴臣
音楽家
第7回
水原希子
女優、モデル、デザイナー
第6回
浅田彰
京都芸術大学教授
第5回
高橋幸宏
音楽家
第4回
高谷史郎
アーティスト
第3回
吉本ばなな
小説家
第2回
稲垣吾郎
俳優
第1回
大竹伸朗
画家

私が選ぶ坂本龍一ベスト曲

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NEW RELEASE

Ieta
Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020
Tong Poo for JUNYA WATANABE

DISCOGRAPHY

坂本龍一

1952年東京生まれ。
1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年『YELLOW MAGIC ORCHESTRA (YMO)』を結成。散開後も多方面で活躍。
映画『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督作品)で英国アカデミー賞を、映画『ラストエンペラー』(ベルナルド・ベルトルッチ監督作品)の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞、他を受賞。
常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。
環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」の創設、「stop rokkasho」、「NO NUKES」などの活動で脱原発支持を表明、また「東北ユースオーケストラ」を立ち上げるなど音楽を通じた東北地方太平洋沖地震被災者支援活動も行っている。
2013年 山口情報芸術センター(YCAM)10周年事業のアーティスティック・ディレクター、2014年には「札幌国際芸術祭2014」のゲストディレクターに就任。
2017年には8年ぶりとなるソロアルバム『async』を発表し、「設置音楽展」と題して『async』を主題とするインスタレーション作品展を開催。
2018年 韓国・ソウルに完成したアートスペース piknicにおいて複数のインスタレーション作品を展示した「Life, Life」展を開催し、6万人以上を動員した。
2021年3月にはこれまで発表されたインスタレーション作品を集めた大規模展示「Ryuichi Sakamoto: seeing sound, hearing time」を中国・北京の美術館 M WOODS HUTONG(木木美術館)でスタート、同年6月には1999年のオペラ「LIFE」に次ぐ新作舞台作品「TIME」がHolland Festivalで世界初演されるなど、音楽表現に留まることなく、アート界への越境も積極的に行っている。
主な映画音楽の作品に、『シェルタリング・スカイ』(90)、『ハイヒール』(90)、『ファム・ファタール』(02)、『母と暮せば』(15)、『レヴェナント:蘇えりし者』(15)、『怒り』(16)、『天命の城』(17)、『あなたの顔』(18)、『約束の宇宙』(19)、『MINAMATAーミナマター』(20)などがある。

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